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天才の閃光-3

加速する吉田の情念の矛先は、多くの建築家が最後に家具に至るがごとく、ついに楽器に行きついた。建築家の家具は、デザインはするものの製作は家具職人が担当するのだが、吉田は楽器そのものを、全て手作りで行う。以前から少しづつはやっていたが、いよいよ本格的に没頭することとなった。遠く海外にまで材料となる木材の調達に赴く、その執念たるやあきれるばかりであった。しかし最も驚くのは、そうした楽器を扱うぐらいだから調律を含め音感に長けていることは必須だろうと思うが、楽譜をはじめ音階その他音楽知識はなく素人だという。それでいて一流の楽器を作れる才能、もはや常人とは思えない。

とはいえそうした吉田にも弱点?はあった。それは敢えて言えばその饒舌さであろうか。(その能力自体は、人見知りからくるコミュ力不足での誤解を招くことが多い自分なぞにはうらやましい限りであったが…。)
本来のカリスマ性にその饒舌が加わった湧き上がる情熱の波は、時に満ち潮のように相手、時には広く世間の常識をも飲み込んだ。しかし干潮のようにお互いたちまちに引くこともある。この満干の摂理の中でもまれることはさすがに吉田も望むことではなかったろう。この満干の摂理のような心の振動は時に正反対の結果を招くのだが、それはほんとに紙一重の心の襞。吉田に限らず「建築家」と言われる創作する人たちは多かれ少なかれ経験している事象でもある。

吉田保夫の天才談は、枚挙にいとまないのだがここらで止めておこう。何しろ50億年を見通す微笑みである、「新田君ええ加減なことを言ったらあかんよ」と怒られそうなので(笑)。早いものでもう20年近く前になるがもう一人の天才、大島哲蔵が逝った、それに続いての天才の死。出会いから35年。本当に会えてよかった、ありがとう吉田保夫。