それでも山河は青々と

歴史のなかの自然と人間の歩み、この二人三脚(?)は案外旨くいくのかもしれない。営々と築いてきた文明の綻びを「ハルマゲドン」のごとく危惧することもないのではないか。考えてみればあの栄華を誇ったローマ帝国ですら崩壊した。しかし現代でも陽気なイタリア人は、相変わらずキザなナンパ野郎?いやサッカー好き野郎である。勿論そう簡単に楽観論者になった訳ではないのだが、人間の刹那を横目に確かに自然も営々と生きている・・・。

決まって年一回の行事は、寒い、暗い冬の帰省であった。しかし今年はめずらしくこの連休に帰って来た。名目は一人ぽつんと暮らしている母親が、珍しく体が調子悪いというから見舞がてらではあったが。何年ぶり、いや記憶にあるところでは何十年振りかもしれない。相変わらず不精で帰っても何をするわけでもないのだが、いつものように近所をうろうろした。冬と違って、畑やら田植えやらをするわずかな村の老人達に出会う。遠くからどちらからともなく軽く会釈はする。しかし今や見知らぬ人間になってしまっているのだろう。当然のように[よそ者]
を見るいぶかしげな視線が痛い。それはともかく、またそれを含めて、やはり冬とは何かが違った。空気が違う、空が澄み切って青いから当たり前だが、新緑がやたら目に眩しく新鮮であった。冬眠から目覚めた熊のように自然が生きずいている。

それとともに今更のように自然の生命力を感じる。今や誰も通らなくなった小学校への小道は、見る影も無く獣道というか雑木林に変貌している。川も川でなくなり、もはや「溝」に近ずこうとしている。まだわずかに残っていた地道もヒノキやスギが成長し空を覆う。この薄暗い林のトンネルで思わずセンチメントな涙があふれてきた。あわてて誰かに見られていないか前後を振り向く、一人だと思ったら安心したようにまた涙が出てきた。人間の営みとは何なのか、人間は何をしているのか、お前は何をしているのか。逃げるように、抜け出すように都会に出て行ったお前は、それに変わる何を得たのか、何を求めたのか、果たして誰を幸せにしたんだ。結局何も変わってはいないではないか・・・。

戦後の喧騒からしばらくしてからとはいえ、あきらかに50数年を目の当たりにしてきたこの村の何が変わったのか。確かに道路がアスファルトになって、断じて頼んだわけではないのに、情緒があった曲がりくねった道がまるで悪童を矯正させるように広く真っ直ぐな「県道」に変わった。だんだん畑も、棚田も限りなく野原へと近づいてきた。そうなんだ、近代的になった道路だけが我が物顔でまかり通っている。しかしそれに反比例するかのように傍らの人間はいなくなり、ついに人間の証自体がなくなり、皆、その道路までにも迫るように自然に帰っているのだ。くしくもその夜、「宮崎駿」も話していた。人間の営みの愚かさと喜びを、格差の助長も日本人の人口減少もそんなに心配していないことを、たとえば地方の過疎化はもう一つの自然再生への営みなのだと・・・、そうまさに全ては寡黙な営みなのだ。

それでも、愚かにもまだまだもがくのか、もうすぐ友人O氏の死から4年目が来る・・・。